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森のたより

コロナうつへの警鐘~コロナ禍によって失われる人と人との絆~

  • 2021.02.18

しのだの森ホスピタル理事長 信田広晶

 

1998年のWindows98の登場により職場でも家庭でも一人一台パソコンが持てる時代を迎え、私たちのコミュニケーション様式は大きく変わりました。人と人とのコミュニケーションは、机が隣でも感情のない文字メールで要件を伝え合うように、口から発せられるものからメールなどの文字によるものに次第に置き換えられていったのです。もはや人は、目と目を見てお互いの気持ちを伝えなくなりました。コミュニケーションの危機が始まったのも、この年ではなかったかと私は考えます。

このコミュニケーション革命により最初に引き起こされた問題は、自殺者の増加です。これを機に自殺対策という言葉が政策に掲げられ、メンタルヘルスの問題にも少しずつ光が当てられるようになりました。

しかし、その後も文字によるコミュニケーションはメールに始まり、LINE、SNSなど効率的かつ便利なツールが私たちの生活の中に浸透していきます。残念なことに、この高効率な生活を得るために人類が失った代償については、考える人がほとんどいませんでした。誰もが気付かないうちに、人が目と目を見て語らなくなった弊害が少しずつ人間社会を蝕んでいったのです。

例を挙げれば、職場ではパワハラ、セクハラ問題、学校ではいじめや学校カースト問題、高齢者を取り巻く社会では振り込め詐欺といった問題がありますが、こうした問題が21世紀の人間社会を象徴していることに異論を唱える人は少ないでしょう。これらの問題に関しては、人間の「相手の目さえ見なければ、傷つけたりだましたりすることにあまり抵抗を感じない」という傾向が影響しているように感じられます。人が目と目を見つめあうことがない社会では、もはや誰も信用することはできないのです。

社会的動物である人間は、群れることで絆を深めあい、その絆により生きていくことへの安心感を高め、人類の繁栄を獲得してきました。しかし、安心の礎である絆が崩れつつある現代社会では、生きること自体が不安や恐怖となっており、多くの人が抑うつに陥りやすい土壌が形成されているのです。

こうした疑心暗鬼の時代に追い打ちをかけたのが「新型コロナウイルス」です。この降って湧いたような問題は、神が人類に与えた試練なのかもしれません。人類にとって重大局面が新型コロナによってもたらされているのです。

例えば世界に目を転じると、アメリカをはじめとした欧米諸国では、目を覆いたくなるほど多数の感染者が連日報告され、医療はひっ迫状態となっています。これは、欧米社会の根底をなす個人主義が原因の一端となっているかもしれません。要するに、自分の都合や欲求を優先しすぎる余り感染予防という協力体制がうまく機能せず、感染爆発に陥った可能性があるということです。新型コロナの問題は「自分のことだけではなくもう少し集団の利益も考えたほうがいい」と欧米文化に警鐘を鳴らしているようにも感じられます。

その一方で、自己の利益よりも集団の利益を優先する傾向が強いといわれるアジア圏はどうでしょうか。感染予防はまさに集団の利益に直結するものであり、自制することに抵抗感の少ないアジア人は、概ね感染予防に成功しているように見受けられます。

ただ、残念なことに日本は少し例外かもしれません。戦後70年にわたりアメリカ文化の影響を強く受け続け、良くも悪くも欧米化されたわが国では、今まさにコロナの感染爆発の瀬戸際に追い込まれています。

それでは、このコロナ禍において我々が注意すべきはどのようなことなのでしょうか。勿論、集団の利益を考えるという意味で感染予防を心がけることはとても大事なことです。しかし、感染予防だけを徹底的に強調しすぎると「絶対感染してはいけない」「感染者は悪だから排除しろ」というヒステリックな風潮を生む危険もあります。それでは個人の利益や尊厳が損なわれる危険があり、真の意味での社会の利益にもつながりません。集団の利益は個人の利益が守られて初めて成り立つものだからです。

私は、個々人の精神生活や尊厳を守る精神科医としての立場から、感染予防の徹底だけにとどまらず、目と目を見て話すという人間本来のコミュニケーションやそれによって生じる絆というものにも目を向けて欲しいと考えます。人は群れを作る動物です。人は一人では生きられません。決して忘れてはならないことです。

「With コロナの時代」を生き抜くにあたり、新しい生活様式、三密の回避、ソーシャルディスタンスを定着させようという世の中の動きは、感染対策上とても意味のある動きです。しかしながら注意も必要です。ソーシャルディスタンスを基軸とした新しい生活様式では、リモートワーク、リモート飲み会、ウエブイベントなど、人が目と目を直接合わせない、触れ合わないコミュニケーションが推奨されているのです。

このソーシャルディスタンスを念頭とした新しい生活様式が、そのまま「Afterコロナ」の時代のスタンダードにもなり得る可能性は極めて大きいです。1998年以来、人類は高効率な生活だけを追い求め、人と人との安心感や絆を犠牲にしてきましたが、そこにソーシャルディスタンスという概念が定着すれば、コミュニケーション危機の流れに拍車がかかることは誰にでも予想がつくことです。

コロナ禍の今を生き抜くにあたり、感染対策だけを徹底的に行っても私たちは地球上に生き残れないかもしれません。コロナ禍で仕事や生活に行き詰まり、孤立している人は沢山います。しかし、彼らの姿はソーシャルディスタンスの時代ではなかなか目に入らないのです。人間は絆無くしては生きられない生き物です。どうかお互いの心をよく見つめあって下さい。

コミュニケーションの目指すところは、意思疎通、相互理解だといわれます。相手に自分の思いを伝え、相手の話もしっかり聴く、そういった双方向のコミュニケーションが今の時代には求められます。相手も尊重しながら自分の思いもしっかり伝える、こういったコミュニケーションのかたちを「アサーション」と呼びますが、絆を守って人間らしく生きていくのにこのアサーションは大きなヒントとなるはずです。

コロナ禍の中、精神の孤立が抑うつを引き起こし、自ら命を絶つ人が増えています。これは人としてとても悲しい現実です。こういった「コロナうつ」を防ぐためにも、心のディスタンスを縮め、人と人との絆を取り戻し、安心に生きられる世の中を再構築することが、私たち精神科の最重要課題であると考えております。

当院では、ホリスティック医療を軸とした心の医療サービスの中で「コロナうつ」の問題にも正面から真摯に取り組んでまいります。カウンセリングや心理療法、アサーションプログラムなどを通して、心と心の対話や人と人との絆を実感していただき、自らの尊厳を取り戻せるようなオーダーメイドの心の医療サービスに努めてまいります。

一人で苦しまないで、是非しのだの森ホスピタルにご相談ください。

 

【関連ページ】

●理事長あいさつ
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●当院の治療方針
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●初診相談
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●ストレスケア病棟
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